ラスタイメージエディタ:GIMPとKritaの機能比較

先日Krita 1.6のリリースが行われたが、いい機会なのでLinux界における代表的な2つのラスタイメージエディタを比較してみよう。ただし一口にGIMPKritaの比較と言っても、両者はGTK+およびKDEという異なるプログラミング世界を背景にしょっているので、相違点を評価するに当たっては、政治的な力学や感情的な影響を完全に排除することはなかなかに難しいだろう。よってまずは、両者の外観上の違いをざっと確認してから、その次に機能的な相違点を逐次確認してゆくことにする。

どちらのアプリケーションもフリー系のエディタではあるが、そのインタフェースや機能の構成において強く影響されているのが、プロプライエタリ系ラスタグラフィックスツールの横綱級ソフトAdobe Photoshopだ。例えばどちらのエディタも、描画、編集、選択用の各種ツールを始め、レイヤ機構やフリーティングパレットはもとより、メニューの構成や機能の名称に至るまで、Adobe Photoshopと非常によく似ている。よって双方のエディタの間では、ツールにせよ操作にせよ、相違点よりも類似点の方がはるかに多いのは、ある意味必然だとも見なせるだろう。

とは言うものの、KritaにはあってGIMPには無い機能、およびその逆というように、両者の間にある程度の相違点があるのも確かだ。

Krita固有の機能

KritaとGIMPの比較記事でたいてい取り上げられる解説は、前者はより豊富なビット深度(8ビット、一部のモードで16ないし32ビット)とカラーモード(グレースケール、RGB、CMYK、L*a*b、LSB、YCbCr)が利用可能であり、その点で後者(グレースケール、RGB、インデックスカラー)よりも優れているという紹介だ。またKritaにおける現行の安定バージョン(1.6)ではカラーマネージメントをサポートしているが、これも現行のGIMPにおける安定ルバージョン(2.2)には搭載されていない機能である。

さらにKritaには水彩画シミュレーションおよび調整用のレイヤという、GIMPには無い2種類のレイヤも装備されている。ただし後者は基本機能のみを備えた“フィルタレイヤ”と見なすべき存在で、ここには何らかのイメージデータを配置するのではなく、可視状態にある背後の全レイヤを対象としたカラーないしトーン調整を行う際に使用する。

ツール的な違いに触れると、Kritaの描画ツールでは、四角形、楕円形、星形、線セグメント、ベジエ曲線を作成できる他、ポリゴンやポリラインなどもユーザが自由に描画できる。ただしInkscapeやIllustratorなどのソフトとは異なり、これらの図形は解像度に依存しないベクトル曲線ではなく、単なるドットマップとしてペイントされるだけだ。

Kritaでは、イメージ上に配置したベジエ曲線やポリゴンの一部を選択することができる他、ペイントブラシの使用も可能であり、また新たに搭載された“パースペクティブグリッド”を使えば、1ないし複数の消失点を設定した状態でペイント時の補助線を表示させることも行える。

Kritaには“クローン”ツールとも呼ばれるラバースタンプ機能が装備されているが、バージョン1.6になって“ヒーリング”と“パースペクティブ修正”という2つのオプションが追加された。前者はピクセルの表示色そのままではなく周囲の平均色でスタンプするオプションで、後者はスタンプされるピクセルを移動ないしスケーリングしてパースペクティブのラインを保持させるオプションだ。

GIMP固有の機能

一方の雄であるGIMP側が優越しているのは、パス操作(編集やベクトル化が可能)やビデオおよびアニメーションツールに関する機能であり、またレイヤ単位やイメージ全体ではなく選択範囲のみを対象とした変形機能(斜変形やパースペクティブなど)も装備している。

またGIMPには、覆い焼き、焼き込み、シャープツール、ぼかし、指先などの“暗室”系ツールが各種装備されているが、これらの機能はKritaには用意されていないものである。その他に、インクツールやメジャーツールおよび、ドラッグアンドドロップで操作できる垂直および水平グリッドも使用可能だ。

GIMPはイメージに加える調整機能の面でもKritaより優れている。Kritaで行えるのは、ブライトネス/コントラスト、カーブ調整および、彩度を減じる非飽和操作くらいだ。対するGIMPでは、前述した2つの機能に加えて、色調/彩度、カラーバランス、レベル、閾値、カラー化、ポスタリゼーションが行える。

Kritaではイメージのヒストグラムを表示できるが、GIMPではヒストグラムだけでなく、カラーマップやカラーキューブも表示できる。またKritaでサポートされているのは14レイヤのコンポジットモードだが、GIMPでは21レイヤが使用できる。そしてフィルタ機能についてもGIMPの方が種類は豊富で、Ubuntu版で私が実際に数えたところ実に113通りが用意されていたが、対するKritaの場合は39通りに止まっている。ただし、実際に施せるフィルタ処理については、両者のアプリケーションで方式が異なっているため、こうした数だけで単純に優劣を比較する訳にはいかないだろう。

実のところGIMPのフィルタ機能の中には、組み込み機能としてではなくマクロスクリプトとして実装されているものが一部存在している。特にGIMPの方が古くから存在するアプリケーションであるため、ユーザが独自に作成したフィルタや機能拡張が、Kritaに比べてより多数整備されているという背景がある。GIMPの各種ツールにおけるオプション設定数が多いのも同様の理由であり、一般論としてツールのカスタマイズや設定変更については、GIMPの方がKritaよりも細かな指定ができると見ていいだろう。

両者の違いはここに挙げただけではないが、より具体的なイメージに対する操作となると、個々の機能の重要度が異なるため、両者の比較はいっそう困難となる。

灰色の評価

ところで、その様なことを言い出したら、ここまでに見てきたツールごとの機能比較という行為自体の意味がかなり怪しくなるのではなかろうか。例えば、覆い焼き/焼き込みツールと図形描画ツールとでは、どちらの重要度が高いと言えるのだろうか? GIMPで表示されるグリッドは、Kritaに装備されたパースペクティブグリッドよりも重要度が高いのか? 16ビットチャンネルが使えるのと、カラーバランスやレベルを制御できるのとでは、どちらが重要なのか?

いずれのケースにせよ、こうした機能の重要度とは客観的な評価をするのが本質的に不可能なのであり、実際に使用するユーザや扱う対象によって決まる性質のものなのである。また、一方のプログラムに特定のツールが装備されていないとしても、たいていの場合は、既存の機能をいくつか組み合わせることで最終的に同等の結果を得られるケースが多い。

具体的な例として、ベジエ曲線について考えてみよう。Kritaには専用のベジエツールが用意されているので、イメージ上に直接描画することができる。一方のGIMPにはそうした専用ツールは用意されていないが、パス設定機能を使えば結果的に同じものを描画することができ、実際の操作としては、パスツールを用いてベジエ曲線を描いてから「stroke path」ボタンを押すだけだ。

こうした両者の比較という行為の意義に更なる波紋を投げかけるのが、GIMPに機能追加して誕生した派生ソフトの存在だ。例えばCinePaintという派生ソフトは、何世代か前のGIMPの安定リリースから分岐したものであり、オリジナルに対してビット深度やカラーマネージメント機能が強化されている。つまり、色深度が広い写真のレタッチをするような場合、Krita 1.6とGIMP 2.2のどちらか一方を選んだとしても16ビットチャンネルと覆い焼き/焼き込みツールの同時併用はできないので、それならばいっそ両者を装備したCinePaintを選択すればよいということになる。

その他にもGIMPについては、若干の不安定さを残した2.3系列が公開されているが、そこには2.2系列には無かった新機能がいくつか追加されている。もちろんKrita側にも新規コードが追加されたばかりの不安定バージョンは存在しているはずだが、このGIMP 2.3.xについては既にフルパッケージ版リリースとしてgimp.orgに公開されているのだ。興味がある方は、自分でソースをコンパイルするか、使用しているディストリビューションにコントリビュート版のバイナリが存在しないかを探してみればいいだろう。ディストリビューションによっては既にユーザへの提供を開始しているところがあるかもしれない。

Kritaの場合、少なくとも現状では、開発途上のリリースを公開することはしていない。メンテナを務めるBoudewijn Rempt氏によると、そうしたことを将来的に行うことも検討したが、Kritaの次期バージョン(2.0系列)ではコアに大幅な変更を施す関係上、現状のコードは公開する段階に達していないとのことである。

結局、どちらを選べばいいのか?

読者の中には、2つのプログラムに対する数値的な採点が一覧され、どちらが優れているかを白黒ハッキリさせた勝利宣言が下されることを期待していた方もおられるだろう。残念ながら、両者の最終的な優劣に判定を下す『GIMP対Krita』という比較は、この記事の意図するところではない。

これは誰しも勘違いしがちなことだが、いずれか一方のアプリケーションを選ばなければならない義務は存在しない。よくよく考えてみれば、誰もそんなことを強制してはいないのだ。どちらのプログラムもフリーソフトウェアであり、それなりの機能を有している。どちらにも長所や短所があり、その一部は機能的に両者で重複している。つまりどちらもフリーソフトウェアなのだから、(a)2つとも入手したとしても予算が2倍かかるという訳ではない、(b)実行する作業に応じて適したツールを自由に使い分ければよい、という結論が導かれるのだ。

グラフィックスを頻繁に扱うユーザであれば、KritaとGIMPの2つのアプリケーションを手元にそろえておくべきだろう。ただし、どちらも“万能のラスタグラフィックスエディタ”などという便利な代物ではないことも心得ておく必要はある。

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